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名古屋地方裁判所 昭和61年(行ウ)30号 判決

原告

半田重工業株式会社

右代表者代表取締役

新美重秋

右訴訟代理人弁護士

竹下重人

寺澤弘

木下芳宣

加藤洋一

被告

半田税務署長

田中亮

右指定代理人

長谷川恭弘

外三名

主文

一  被告が、原告の昭和五七年三月一日から昭和五八年二月二八日までの事業年度の法人税につき、昭和六〇年六月二九日付でした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、いずれも昭和六一年九月二六日付の審査裁決により一部取り消された後のもの。)のうち、所得金額が八一四〇万三八八一円を超えるとしてされた部分を取り消す。

二  被告が、原告の昭和五七年四月分の源泉徴収に係る所得税につき、昭和六〇年六月二九日付でした納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分(ただし、いずれも昭和六一年九月二六日付の審査裁決により一部取り消された後のもの。)のうち、課税標準額が五一九三万〇七〇四円を超えるとしてされた部分を取り消す。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを三〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一被告が、原告の昭和五七年三月一日から昭和五八年二月二八日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税につき、昭和六〇年六月二九日付でした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、昭和六一年九月二六日付の審査裁決により一部取り消された後のもの。以下「本件更正等処分」という。)を取り消す。

二被告が、原告の昭和五七年四月分の源泉徴収に係る所得税(以下「本件源泉所得税」という。)につき、昭和六〇年六月二九日付でした納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分(ただし、いずれも昭和六一年九月二六日付の審査裁決により一部取り消された後のもの。以下「本件告知等処分」といい、本件更正等処分と合わせて「本件処分」という。)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告がその役員(代表取締役の長男)及び従業員(代表取締役の妻)に対してした土地及び建物の譲渡について、その譲渡価額が時価相当額よりも低いため原告にその差額分の益金の計上漏れがあったとしてされた法人税の課税処分の適否、並びに右差額は右役員らに対して支払われた給与に当たるとしてされた源泉所得税の納税告知処分等の適否が争われた事案である。

一争いのない事実等

1  本件課税処分の経緯等

(一) 原告は、頭書住所地においてフォークリフト部品製造業を営む青色申告法人で、法人税法二条一〇号にいう同族会社である。

(二) 原告の本件事業年度の法人税についての確定申告、修正申告、更正処分、審査請求及び審査裁決(以下「本件裁決」という。)の各年月日、税額等は、別紙一記載のとおりである。

(三) 原告の本件源泉所得税についての納税告知処分、異議申立て、合意によるみなす審査請求(国税通則法八九条一項)及び審査裁決(本件裁決)の各年月日、税額等は、別紙二記載のとおりである。

2  争いのない所得金額等

原告の本件事業年度の所得金額は、本件の争点である土地建物の譲渡益計上漏れの有無の点を除くほか、原告の修正申告に係る所得金額三〇三五万九二九七円に、次の(一)及び(二)のとおり加算し及び減算した金額(ただし、(二)(3)により減算すべき金額は、所得金額に応じて算出する。)である。

(一) 加算すべき金額

誤って損金に計上された役員賞与

一二三万八二〇〇円

(二) 減算すべき金額

(1) 機械の減価償却費の未控除分

四万二一八一円

(2) 交際費等の損金不算入に関する計算誤り

三万五二三九円

(3) 寄付金の損金不算入額の過大計上

原告の修正申告においては、寄付金の損金不算入額として四一八万四〇五五円が計上されていたが、右の額は、寄付金総額を四六六万七二三七円とし、右寄付金総額から、所得金額仮計を二三九八万七三二六円、期末の資本等の金額を一億円として法人税法施行令七三条一項一号により計算した損金算入限度額四八万三一八二円を差し引いたものであった。しかし、右寄付金総額についてはウエムラ興発株式会社に対する寄付金が一四〇万〇七六六円過大に計算されており、正しい寄付金総額は三二六万六四七一円であった。

3  本件土地建物の売却等

(一) 原告は、別紙物件目録(一)記載の各土地(以下「本件土地」という。)及び同地上に存する別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」といい、本件土地と合わせて「本件土地建物」という。)を所有していたが、これを新美智惠及び新美重秋(以下両名を合わせて「智惠ら」ともいう。)に無償で貸与することとし、昭和五二年五月一〇日開催の取締役会において、(1)他に転貸することを認める、(2)他に売却する場合は、智惠らに最優先で売り渡す、(3)賃借料金については、数か年空家にしたままのため荒廃しているので、昭和五四年一二月まで無償(但し原告において修理はしない。)にし、その後の料金は取締役社長に一任する、という条件で貸与することが決議された(〈書証番号略〉)。

(二) 右の決議を受けて、昭和五三年六月一六日、公証人役場において土地建物使用貸借契約公正証書が原告と智惠らとの間で作成されたが、これによれば、昭和五二年五月一〇日、原告は智惠らに対し、本件建物を無償で貸し渡したこと、貸借期間は昭和五四年一二月三一日までとすること、借主は本件土地建物を自ら使用し、又は他に貸与することができるものとするが、模様替えをし、毀損滅失その他貸主に損害を及ぼす行為をしてはならないこと、貸主は、本件土地建物を他に売却する場合は優先的に借主両名に売り渡すこと、契約期間が満了したときは、貸主は借主に対し、本件土地建物を賃貸することを約したこと、という内容の約定であった(〈書証番号略〉)。

(三) 原告から本件土地建物の貸与を受けた智惠らは、本件建物を昭和五二年五月から昭和五五年四月まで久米艶子に月額三〇万円で転貸し、同額の利益を収受していた。

(四) 昭和五五年七月、国税局職員による原告の法人税調査の際、原告が智惠らに本件建物を無償で貸与し、智惠らがこれを第三者に有償で転貸していた事実について、右職員から指摘があり、これを受けて、原告は、本件建物について智惠らと賃貸借契約を締結し(この賃貸借契約の対象が本件建物のみであったか、本件土地も含まれていたかについては争いがある。)、昭和五五年一二月四日付で、昭和五三年二月期から昭和五五年二月期までの原告の所得金額について、昭和五二年五月以降、月額三〇万円を「未収入賃料」として加算して計上し、月額一五万円を「未払管理料」として損金として計上する修正申告をした。

(五) なお、昭和五五年九月から、智惠らは、本件建物を有限会社藤本鉄工所に賃料月額三五万円で転貸し、同額の家賃収入を得ていた。

(六) その後、昭和五六年一二月三〇日、智惠らは、本件土地上に、その共有に係る木造スレート葺平家建寄宿舎(床面積146.68平方メートル。以下「本件共有建物」という。)を建築し、昭和五七年二月一六日、両名を共有者として保存登記を経由し(〈書証番号略〉)、同建物も本件建物と合わせて、藤本工業所に賃貸した(原告代表者)。

(七) 原告は、昭和五七年四月九日、本件土地を当時原告の取締役であった重秋に代金三七一七万九二九六円で、本件建物を当時原告の従業員であった智惠(なお、昭和五六年一月までは原告の監査役であった(〈書証番号略〉)。)に代金一〇八九万五一九九円で、それぞれ売り渡し(以下「本件譲渡」という。)、右売買価額を譲渡益として計上し、確定申告及び修正申告を行った。

二争点及びこれに関する当事者の主張

1  いわゆる低額譲渡に対する法人税法二二条二項の適用について(争点1)

(一) 原告

法人税法二二条二項にいう「収益」とは生産活動に基づく価値の形成又は増殖を意味し、その額は、生産的給付の提供により企業が受け取る対価によって測定されるものであるところ、無償による資産譲渡の場合には、「企業が受け取る対価」がないので、「収益」は存在しない。

また、同項には「無償による資産の譲渡」という文言はあっても、「低額による資産の譲渡」という文言はなく、関係法令の他の箇所にも、時価に比較して低額で譲渡された場合にも時価による収益の発生を認定し、時価と企業が得た対価との差額部分をも益金の額に算入すべしとする規定はない。

仮に、法人税法二二条二項にいう「無償譲渡に係る収益の額」を当該譲渡資産の時価によって認識すべきものであるとしても、「低額譲渡」による「収益の額」をその対価の額の如何を問わず、時価によって認識すべきであるとの解釈は成立しない。その理由は、同条は低額譲渡の場合について規定しておらず、同法中にもその旨の規定はない(所得税法五九条に類する規定はない。)ので、「時価」(その認定も困難である。)との差額がどれだけあれば低額譲渡となるかの限界が不明であるから、このような解釈をすることは租税法律主義に反する結果となるからである。

(二) 被告

法人税法二二条には、法人の各事業年度における所得金額の計算方法が規定されているが、同条二項において、右計算上益金の額に算入すべき金額の一つとして、「有償又は無償による資産の譲渡」に係る収益の額が掲げられている。これによれば、少なくとも法人税法上は、法人がその所有に係る資産を譲渡したことにより取得したものとして計上すべき収益の額は、当該売買当事者間における契約上の売渡価額の如何にかかわらず、基本的に当該資産の適正な時価を下らない額であることを要すると解すべきである。

すなわち、法人税法の右規定によれば、同法上、法人がその所有に係る資産を譲渡した場合には、それが有償によると無償によるとを問わず、これによる収益を益金に算入すべきものとされているのである。そうであるとすれば、その益金算入額を一律公平に定めるべき基準は、本来、当該資産の時価相当額をおいてほかにない。

したがって、本件のように、資産の譲渡がその適正な時価を下回る価額で行われるいわゆる低額譲渡の場合においても、これによる益金の額は、当該資産の適正な時価をもって計上すべきものである。

2  本件土地に対する賃借権の存否等(争点2)

(一) 原告

(1) 本件土地建物は、昭和五二年当時ほとんど使用されておらず、近所から苦情が出るなどしたため、適切に維持管理する必要があり、原告は、本件土地建物を智惠らに無償で貸与し、その代わり、同人らに本件土地建物を無償で管理してもらったのである。ところが、昭和五五年七月の法人税調査の際、国税局調査官は、右使用貸借契約の存在を否認し、賃料については土地建物の時価の八パーセントである三〇万円くらいとすべきだと高圧的に指導してきた。これに対し、原告側から本件土地建物の管理に費用がかかることを説明したところ、月額一五万円を智惠らに支払われる管理費用として損金に計上することが認められたため、原告は、智惠らの承諾を得て、遡って昭和五二年五月から本件土地建物の賃貸借契約(賃料月額三〇万円)があったことにして、右賃料から管理費用を差し引いた月額一五万円ずつを受け取ることとし、これに沿う修正申告をしたのである。

また、右調査官の指導により、本件土地建物に関する契約書を作成することとし、市販の契約書用紙を利用して、原告と智惠らとの間において昭和五二年五月一〇日に遡って本件土地建物の賃貸借契約を締結した旨の契約書を作成し、その後も、智惠らから賃料を得てこれを計上してきた。

したがって、智惠らは、本件土地建物について賃借権を有していたものであり、両名はこれに基づき、本件共有建物を建築したのである。

(2) 右のような経緯で、本件土地建物についての賃借権は、国税局調査官の指導によって設定されたものであり、被告が右賃借権を認めないことは、禁反言の法理に反する。

(二) 被告

(1) 本件土地については、原告と智惠らの間の使用貸借関係が継続していたのであり、賃貸借関係はなかった。本件共有建物は、本件土地についての右使用貸借を前提として建築されたものに過ぎない。

(2) 原告が本件建物の未収入賃借料を計上する契機として、所部係官の原告に対する昭和五三年二月期ないし昭和五五年二月期の税務調査の事実が存するが、同係官が右税務調査において指摘したのは、本件建物について原告が減価償却費等の費用を計上し、智惠らが第三者に貸与して収益を上げていたにもかかわらず、原告が何らの経済的利益を計上していなかったという点であって、本件土地についてではなかったのである。したがって、原告のした修正申告は、専ら本件建物に関するものであり、被告において、本件土地の賃貸借契約を締結するよう指導した事実はなく、原告の禁反言の主張は、その前提において事実に反する。

3  本件土地の時価相当額(争点3)

(一) 原告

(1) 本件土地の近傍地の取引事例と比較すると、本件譲渡時における本件土地の更地価格は3.3平方メートル当たり一五万円、一三三七平方メートルでは六〇七七万二七二七円であるところ、これから、借地権の価額二七三四万七七二六円(借地権割合を四五パーセントとする。)を差し引いた三三四二万五〇〇一円が本件土地の時価相当額である。したがって、本件譲渡の売買価額三七一七万九二九六円は右時価相当額を上回るものであり、被告の主張する譲渡益計上漏れは存在しない。

(2) 仮に、本件土地について賃借権が存在しなかったとしても、智惠らのために使用借権は存在したのであり、使用借権割合を四五パーセントとして時価相当額を算定すべきである。

(二) 被告

本件土地の時価相当額については、その更地価格から本件建物及び本件共有建物の建付減価相当額及び使用借権の負担(本件共有建物)を考慮した金額を控除した価額とみるべきであるが、右価額は少なくとも八九一一万円であった。

4  本件建物の時価相当額(争点4)

(一) 原告

(1) 本件建物の昭和五七年二月二八日現在における帳簿価額は九九四万六二五一円であり、これに、その敷地部分に対する借地権の価額八〇七万四二二七円を加算し、さらに、その合計一八〇二万〇四七八円からその三〇パーセントに相当する借家権割合五四〇万六一四三円を差し引いた一二六一万四三三五円が、本件建物の時価相当額である。

(2) なお、被告は、本件第五回口頭弁論期日において、本件建物の価額は一〇九六万九九四六円であると主張していたのであり、後記(二)(1)のとおりに主張を変更することは自白の撤回に当たり、許されない。

(3) また、本件裁決においては、本件建物の適正な評価額が一〇九六万九九四六円であるとして本件更正等処分及び本件告知等処分の一部を取り消す判断をしていたのであり、被告において、後記(二)(1)のとおり主張することは、裁決の拘束力(国税通則法一〇二条一項)を無視するものであり、許されない。

(二) 被告

(1) 本件建物の時価相当額は、本件処分において認定された価額二五九四万〇九五〇円(原告が申告の際、再建築費一坪当たり二五万円をもとに計算した金額)から借家権割合三〇パーセントを控除した価額一八一五万八六六五円とするのが相当であるが、不動産鑑定士による本件建物の鑑定評価額一七九八万円は、本件処分と同様に再建築費を基に算定され、右両者の評価額はほぼ一致する。

したがって、本件建物の時価相当額は、少なくとも本件建物の鑑定価額の一七九八万円を下らない。

(2) 被告の本件第五回口頭弁論期日における主張及び本件裁決における判断においては、本件建物の時価を評価する方法として数ある選択肢の中から本件建物の取得額を基として減価償却費の累積額を控除した未償却残額を採用しているに過ぎず、また、被告は、本件建物の時価について「少なくとも一〇九六万九九四六円を下らない。」と主張してあくまで下限の一応の金額を示したにすぎず、自白が成立するような主張ではない。

(3) 国税通則法所定の裁決の拘束力は、裁決によって原処分が取消しないし変更された場合に、原処分庁を含む関係行政庁は、同一の事情下において、その裁決で排斥された原処分の理由と同じ理由で同一人に対し同一内容の処分をすることが許されないというにとどまり、原処分を維持した裁決の結果になお不服があるとして提起された原処分の取消訴訟において、原処分庁が原処分を根拠付けるためにする主張が裁決の理由中の判断と同一でなければならないものではなく、裁決はそのような意味での拘束力をもつものではない。

5  原告の所得金額(争点5)

(一) 原告

本件譲渡に関し、低額譲渡により加算すべき益金はない。

(二) 被告

(1) 本件譲渡に関しては、本件土地の時価相当額八九一一万円と譲渡価額三七一七万九二九六円との差額五一九三万〇七〇四円、及び本件建物の時価相当額一七九八万円と譲渡価額一〇八九万五一九九円との差額七〇八万四八〇一円、合計五九〇一万五五〇五円につき、法人税法二二条二項により譲渡益計上漏れとして原告の所得金額に加算すべきものである。

(2) 右時価相当額と譲渡価額との差額については、原告の役員重秋及び従業員知惠に対する利益供与であるが、重秋の関係では、役員賞与の支払であり、法人税法三五条一項により損金に算入することは許されない。また、智惠の関係では、原告は同族会社であり、智惠は代表取締役の妻であって同族関係者であるからこそ右のような利益供与がされたものであり、法人税法一三二条の規定からして、右智惠に対する利益供与分を損金として算入することは許されない。

6  源泉所得税の納税告知処分等の適否(争点6)

(一) 原告

給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうものであるが、本件のように、法人が時価相当額による譲渡であると確信して売買をした場合に、その資産の時価について法人の認識と税務署長の認識とに差があるからといって、これを役員又は従業員の役務の提供の対価であるとするのは当事者の予測し得ないところであり、その意識にも実体にも合わない。したがって、本件における経済的利益の供与は労務提供の対価の性質を持つものではなく、法人からの無償による利益であるから、所得税法上は一時所得であり、原告に源泉徴収義務はない。

(二) 被告

(1) 本件譲渡により智惠らの得た経済的利益は、いずれもその使用者である原告から支払を受けた賞与に当たり、同人らの給与所得(所得税法二八条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの。以下同じ。))である。すなわち、一般に、法人の役員又は従業員に対し当該法人から支給される金銭又は経済的利益は、その支給が全く右役員等の立場と無関係に、法人からみて純然たる第三者との間の取引ともいうべき態様によりなされるものでない限り、原則として所得税法二八条一項にいう給与所得に当たるものであり、それが実際の労務提供に比し過大なものであったか否か等の事情は、給与所得の認定を直接左右するものではない。

したがって、原告は、本件譲渡により、重秋について五一九三万〇七〇四円及び智惠について七〇八万四八〇一円の賞与を支払ったものであり、所得税法一八三条一項に基づき、昭和五七年四月期分として、三〇〇六万三六七二円の源泉所得税を徴収すべき義務があり、これに基づき国税通則法六七条一項による不納付加算税を算定すると三〇〇万六〇〇〇円となる。

7  調査官の権利濫用の有無(争点7)

(一) 原告

(1) 租税法律主義(憲法三〇条、八四条)は、単に租税の種類及び根拠を法律によって定めることを要するだけでなく、納税義務者、課税物件、その帰属、課税標準、税率等の課税要件は全て法律で定められる必要がある。したがって、一調査官の恣意によって課税要件が左右されてはならない。

(2) しかるに、昭和五九年九月二八日ころ、国税局調査官は、国税局を訪れた原告代表者及び関与税理士に対し、いきなり「お前たちは頼みにくればまけてもらえると思うのか。」とどなり、否認事項の指示書を示して「このとおりだ。認めなければこちらは更正決定をするまでだ。」と高圧的発言をし、更に、原告代表者に向かい「このことをトヨタに通報したらお前はくびだぞ。」との暴言を発した。

その際、原告代表者らは、調査官が認定した本件土地建物の価額が高額に過ぎ、借地権、借家権を考慮していないのは納得できないと述べたが、調査官はこれを聞き入れず、既に修正申告の内容まで記載した所得計算内訳書を示し、その指示どおり修正申告をすれば、本件土地建物の認定価額と譲渡価額の差額を未収入金に計上することを認め、その利息は年七パーセントでよいが、修正に応じないのなら、右差額について役員賞与と認定して原告には源泉徴収所得税の納税告知処分をし、受給者には所得税の更正処分をすると述べ、無理やり国税局調査官のいうとおりの修正申告をさせようとした。

原告は調査官の態度に納得できなかったので修正申告をしなかったところ、本件処分がされたものであり、本件処分は、調査官の職権を濫用した恣意的な判断に基づく処分であって違法である。

(二) 被告

昭和五九年九月二八日、原告代表者らが名古屋国税局を訪ねて担当者に面接したことは認めるが、その際、原告主張のような発言があったことは否認する。

本件課税処分は、適法な処分であり、調査官の職権を濫用した恣意的な判断に基づくものではない。

第三争点に対する判断

一いわゆる低額譲渡に対する法人税法二二条二項の適用について(争点1)

法人税法二二条二項は、「内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額とする。」と定めているところ、右の規定により課税の対象となる収益の額は、譲渡が適正な対価によってされた場合や無償でされた場合だけではなく、低廉な対価によってされた場合にも、当該資産が譲渡された当時における時価相当額をもって算定すべきものと解するのが相当である。けだし、右規定において、資産の譲渡に係る収益を益金として課税の対象としているのは、法人の資産が売買等によりその支配外に流出したのを契機として、顕在化した資産の値上り益の担税力に着目し、清算課税しようとする趣旨であると解されるところ、法人が資産を時価相当額より低廉な対価により譲渡した場合には、あたかも右資産を時価相当額で譲渡すると同時にその譲渡対価との差額を譲受人に贈与したのと同一の経済的効果を有するのであるから、法人が資産を時価相当額で譲渡した場合との税負担の公平という見地からしても、収益の額は右資産の時価相当額によるのが相当だからである。

原告は、「時価」と譲渡価額との差額がどれだけあれば低額譲渡となるかの限界が不明であるから、右のような解釈は租税法律主義に反すると主張するけれども、前記のように課税の対象となる収益の額を時価相当額をもって算定すべきものと解すれば、原告主張のような限界を考える必要はないのであるから、右主張は失当である。なお、原告は、時価の認定が困難であることをも右解釈を採るべきでない理由であるかのように主張するが、課税標準を定めるに当たって時価相当額を基準とすることは、所得税法五九条(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)あるいは法人税法三七条六項(寄付金の損金不算入)にも見られるところであり、時価相当額の算定が困難であるからといって、これを基準にすることが許されないと解すべき理由はない。

二本件土地に対する賃借権の存否等(争点2)

1 前記第二の一3(一)及び(四)の事実によれば、本件土地建物については、もともと原告と智惠らとの間において使用貸借契約が締結されていたところ、昭和五五年七月の税務調査の際の指導を受けて、同年一二月の修正申告のころには、少なくとも本件建物について、原告と智惠らとの間で賃貸借契約が締結されたものである。原告は、右契約において、本件建物だけでなく、本件土地についても建物所有を目的とする賃貸借契約が締結されたと主張するので、これについて判断する。

2  まず、原告の右主張を裏付ける契約書等が存在するか否かについてみるに、証拠(〈書証番号略〉、証人鳥居、同新美)によれば、右の税務調査の際の指導を機に原告と智惠らとの間で賃貸借契約書が作成されているが、右契約書では、本件土地については、「賃貸借物件の表示」の「所在地」欄に「半田市住吉町二丁目九一番雑種地四六二平方メートル外五筆」と記載されているのみであって、賃貸借の目的物はそこに存在する建物とされていること、また、使用目的や禁止事項も、目的物が建物であることを前提として記載されており、智惠らに対し本件土地上に建物所有を認める文言もないことが認められ、右契約書は、原告の主張を裏付けるものとはいい難い。

3  また、昭和五五年一二月の修正申告に至る経過については、証拠(証人鳥居、同山田、同新美)によれば、(一)税務調査を担当した係官は、原告が、その資産を無償で智惠らに貸与し、智惠らがこれを第三者に転貸して収益を得ていることは異常ではないかということを指摘し、その結果、原告は賃貸料として月額三〇万円を智惠らから受け取ることとしたこと、(二)右の三〇万円という金額は係官の示唆によるものであったが、係官は、智惠らが本件建物を第三者に同額で転貸していたので、本来、その収益は本件建物の所有者たる原告に帰属すべきであるとの考えから、右のように示唆したものであること、(三)これに対し、原告側は本件土地建物についての智惠らが受け取るべき管理料を損金として計上したいという希望を述べ、結局、原告が智惠らに対する管理料として月額一五万円を支払うこととしたこと、(四)以上に基づいて、原告は、未収入金については七パーセントの未収利息を計上した上で、昭和五五年一二月の修正申告をしたこと、(五)右税務調査の当時においては、本件土地上には原告所有名義の本件建物以外には建物は存在せず、係官が本件土地について賃貸借契約を締結すべきものと指導する理由はなかったこと、以上の事実が認められる。

なお、証人鳥居は、係官から本件土地建物の時価相当額の八パーセントを賃料として収受するように言われ、一方的に月額三〇万円という賃料を決められたと供述するけれども、同証人自身、月額三〇万円という額は本件土地建物の時価相当額の八パーセントよりは低いことを認め、また、係官からは具体的に本件土地建物の時価相当額を示されたわけではないと述べているのであるから、右供述は採用することができない。

また、証人新美は、右賃貸借契約を締結する際に智惠らに対し本件土地上に建物を建てることを認めていたと供述するけれども、これを裏付ける客観的な資料はない。

4  右2及び3の判示を総合して検討するに、本件においては、原告と智惠らとの間で本件土地について建物所有を目的として賃借権が設定されたことを裏付ける契約書や権利金の授受といった客観的な事実はなく、智惠らが原告に支払うこととした賃料も本件建物の賃貸の対価とみるべきであって、本件土地の地代ではなかったというべきであるから、結局、昭和五五年一二月の修正申告のころ原告と智惠らとの間で締結された賃貸借契約はあくまでも本件建物に関するものであり、本件土地について建物所有を目的とする賃貸借契約が締結された事実はないというべきである。

5  なお、智惠らは昭和五六年一二月本件土地上に本件共有建物を建築しているけれども、右建築の際には新たに契約を締結したり権利金を授受した事実はない(証人新美)のであるから、右建物は従前から存在した原告と智惠らとの間の本件土地の使用貸借契約を前提として建築されたものというべきである。

6  また、原告は、本件土地建物についての賃借権は国税局の調査官の指導によって設定されたものであり、被告が賃借権を認めないことは禁反言の法理に反すると主張するけれども、右に判示したとおり、本件土地については賃貸借契約が締結された事実がないのであるから、原告の主張はその前提を欠き、理由がないというべきである。

三本件土地の時価相当額(争点3)

1 まず、本件土地が更地であったとした場合の本件譲渡当時の時価(更地価格)に関して検討するに、前記第二の一3の事実並びに証拠(〈書証番号略〉、証人鳥居、鑑定)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 昭和五七年四月一日、地価公示法に基づき、本件土地付近の土地(半田市住吉町二丁目一七九番八)について同年一月一日現在の正常な価格として公示された価格(公示価格)は、一平方メートル当たり六万七三〇〇円であるところ(この事実は争いがない。)、原告は、これを基準とし、年間八パーセントの上昇率で値上がりするものとすると同年五月末日には3.3パーセント上昇して一平方メートル当たり六万九五二〇円になるとし、これに基づいて本件譲渡の際の更地価格を計算した。

(二) 被告において本件処分前に調査したところでは、付近の土地の売買実例一〇件の平均単価は一坪当たり二三万四〇〇〇円、地価公示価格をもとに算定した価額は二二万七〇〇〇円、精通者意見は二二万一〇〇〇円であり、これらの単純平均は一坪当たり二二万七〇〇〇円となり、原告が右(一)のとおり算定した価額一坪当たり二二万九〇〇〇円と差がないので右二二万九〇〇〇円(一平方メートル当たり六万九三九四円)を適正価額とし、これに基づいて本件処分をした。

(三) これに対し、本件裁決においては、被告が右のとおり採用した売買実例一〇件のうち、二件はほぼ正常取引と認められるが、八件は比較の対象として適当でない取引であり、これらの適当でない取引を除いて平均価額を算定すると一平方メートル当たり六万八三四九円となり、結局、本件裁決においては、更地価格として一平方メートル当たり六万八〇〇〇円とするのが相当であると判断した。

(四) 本件訴訟提起後、被告において、本件土地付近四〇〇メートル以内の土地の売買実例価額について調査したところ、昭和五五年ないし昭和五七年における売買実例一二件の一平方メートル当たりの売買価額は五万一四三〇円ないし八万六二〇七円であり、これについて取引時点に応じた修正を行った後の平均の価額は、一平方メートル当たり七万四五〇二円であった。

(五) さらに、不動産鑑定評価基準に準拠してされた不動産鑑定士の鑑定は、付近の土地の取引価格は種々の要因による補正をすると一平方メートル当たり八万一二〇〇円ないし九万〇九〇〇円であり、これによって求められる比準価格は一平方メートル当たり八万七〇〇〇円であること、収益還元法による収益価格は一平方メートル当たり四万〇四〇〇円であること、公示価格を補正した価格では一平方メートル当たり六万八二〇〇円であること、これらを前提とすると、標準地(幅員約四メートルの舗装済みの道に接面し、標準地積二〇〇平方メートル前後の住宅の敷地)の価格は一平方メートル当たり八万円であるとし、これに比較すると本件土地は、街路条件(幅員、系統、角地)で優るが、地積過大、形状やや不良で劣るので、所要の修正を行うと、一平方メートル当たり七万二〇〇〇円と評価できるとしている。

2  右認定事実に基づいて本件土地の更地価格について検討するに、時価相当額の認定資料としては、一般的には、不動産鑑定士による鑑定が最も信頼すべきものということができるところ、本件における右鑑定は、右1(五)のとおり合理的な方法によってなされたものであり、右1(一)ないし(四)の評価との比較においても、概ね平均的な結果となっているのであるから、これにより、本件土地の更地価格は一平方メートル当たり七万二〇〇〇円とみるのが相当である。

3  次に、本件建物及び本件共有建物の存在を前提として、本件土地の時価相当額について検討するに、証拠(〈書証番号略〉、鑑定)によれば、(一)本件建物の敷地部分は五四二平方メートルであるところ、この部分については、本件建物が存在することによる建付減価を五パーセントとみて、三七〇七万二八〇〇円(7万2000円×542平方メートル×0.95)であること、(二)本件共有建物の敷地部分は三〇一平方メートルであるところ、この部分については、本件共有建物が存在することによる建付減価を五パーセント、本件共有建物の共有者のために使用借権が存在することによる減価を二〇パーセントとみるべきであり、これによると、この部分は一六四七万一〇〇〇円(7万2000円×301平方メートル×0.95×0.8)であること、(三)その余の部分(四九四平方メートル)については更地であるとみられるので、三五五六万八〇〇〇円(七万二〇〇〇円×四九四平方メートル)であること、(四)以上の合計はほぼ八九一一万円となること、以上のとおり認定することができる。

なお、原告は、本件土地の価額を算定するに当たっては、借地権割合又は使用借権割合として四五パーセントを控除するのが相当である旨主張するが、本件土地に賃借権が設定されていないことは既に認定したとおりであるし、また、使用借権については、右に認定した限度で考慮するのが相当であるから、原告の右主張は採用することができない。

4  以上によれば、本件土地の時価相当額は八九一一万円であるというべきであり、原告には譲渡価額三七一七万九二九六円との差額五一九三万〇七〇四円の譲渡益計上漏れがあったというべきである。

四本件建物の時価相当額(争点4)

1(一)  原告は、被告が、本件第五回口頭弁論期日において、本件建物の価額は一〇九六万九九四六円であると主張したのであるから、この主張を変更することは自白の撤回に当たる旨主張するが、仮に、被告の右主張が自白に当たるとしても、これは間接事実についてのものであるから、自白の撤回が許されない場合には当たらないというべきである。

(二)  また、原告は、裁決の拘束力を云々するが、この点については被告の反論するとおりであって、採用の限りでない。

2 そこで、まず、借家権の存在を考慮せず、本件建物自体の時価相当額について検討するに、前記第二の一3の事実及び証拠(〈書証番号略〉、証人鳥居、同新美、鑑定)を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件建物は、昭和四二年九月ころ建築された鉄筋コンクリート造陸屋根五階建寄宿舎延面積634.06平方メートルであるが、その取得価額は一九三〇万六五〇〇円であり(この事実は争いがない。)、一坪当たりに換算すると一〇万〇四八一円であった。その後、本件譲渡の日まで増改築費等の支出はなく、昭和五七年二月二八日の時点における帳簿価額は九九四万六二五一円であり、取得から右同日までの間には、減価償却費の計算に当たり耐用年数を四五年として償却した期間が含まれている。

法定耐用年数六〇年を適用して算出される本件建物の譲渡時の未償却残額は、取得価額一九三〇万六五〇〇円から減価償却費の累積額八三三万六五五四円を差し引いた残額一〇九六万九九四六円となる(この事実は争いがない。)。

(二) 本件建物の敷地は道路幅約五メートルの舗装された公道に面しており、本件建物は、一階に管理人室、食堂、風呂場等があり、二階から四階までにはそれぞれ独身者用の二人部屋六室及び共同便所があり、五階に塔屋がある従業員用寄宿舎向きの建物である。

(三) 本件建物の昭和五七年分の固定資産税評価額は九五五万〇九〇〇円であった。

(四) 原告は、本件建物の譲渡価額を決めるに当たって、本件建物の再調達価額を一坪当たり一五万円、634.06平方メートル(191.8坪)では二八七七万円とし、定率法により減価償却して0.541を乗じ、一五五六万四五七〇円としたものであり、本件建物の譲渡価額である一〇八九万五一九九円は、これから借家権割合三〇パーセントを控除して算出された。

(五) 本件処分においては、再調達価額を一坪当たり二五万円とし、これに右(四)同様、0.541を乗じて二五九四万〇九五〇円を時価とした。

(六) 本件裁決においては、本件建物は、その構造が従業員用寄宿舎向きであることからその用途が限定され、一般的な賃貸マンション又は賃貸アパートとしての市場性に欠け経済性が十分あるとは認められないとし、本件建物の固定資産税評価額が前記(三)のとおり九五五万〇九〇〇円であり、法定耐用年数六〇年を適用して算出される本件建物の譲渡時の未償却残額が前記(一)のとおり一〇九六万九九四六円となることを考慮すると、本件建物の譲渡時の価額については再取得価額を基礎として年々の減価又は償却費の額を控除する方法よりも、本件建物の取得価額を基礎として減価償却費の累積額を控除した未償却残額によって本件建物の価額とする方法がより合理的であるとして、右一〇九六万九九四六円をもって本件建物の売渡当時における適正な時価とするのが相当であるとした。

(七) 不動産鑑定評価基準に準拠してされた不動産鑑定士の鑑定によると、本件建物の再調達原価は、当該建物と質量において類似する建物の標準的建築費及び本件建物の新築時の再調達原価を参考に評価すると一平方メートル当たり九万円(一坪当たりに換算すると二九万七〇〇〇円となる。)とみられ、建物の経済的耐用年数(二五年)を基礎とした定額法による減価修正と観察減価法による減価修正を総合的に併用検討して本件建物の減価率を定めると四五パーセントとすることができ、これにより、本件建物の価額を求めると二五六八万円(9万円×634.06平方メートル×0.45)になるものと評価された。

3  右の事実に基づいて考えるに、本件建物の時価を求めるに当たり、一坪当たりの再調達価額について、原告は一五万円とし、本件処分においては二五万円、鑑定においては二九万七〇〇〇円とした上で、それぞれ減価修正をしているが、いずれにおいても再調達価額を算定した根拠を挙げておらず、それを裏付ける資料も提出されていない。

ところで、一般的には専門家による鑑定の結果は十分尊重されなければならないが、本件建物が昭和四二年九月ころに一九三〇万円余りで取得されたものであるのに、前記鑑定の結果によれば、それから一四年半を経た昭和五七年四月当時の時価が取得価額を上回る二五六八万円であったというのであるから、それ相応の根拠が提出されない以上、右鑑定の結果を直ちに採用することはできないし、また、本件裁決も指摘しているように、本件建物は前記のとおりその構造が従業員用の寄宿舎向きであるため、その用途が限定され、一般的な賃貸マンションや賃貸アパートのような市場性には欠けるという特殊性があるという事情も考慮することが必要であり、結局、右鑑定の結果は採用し難いものというべきである。

他方、本件建物の再調達価額が、原告が本件建物の譲渡価額を決めるに当たって前提とした一坪当たり一五万円を上回るものとみるべき資料はなく、また、本件建物の取得価額から減価償却費の累積額を控除した未償却額が一〇九六万九九四六円となることとの比較においても、右再調達価額に基づいて算出される本件建物の再調達価額から定率法による減価償却をした残額一五五六万四五七〇円が本件建物自体の時価相当額として均衡を欠くものということもできないから、結局本件建物自体の時価相当額は一五五六万四五七〇円を上回らないものと認めるのが相当である。

4 本件建物については、前記第二の一3(四)のとおり智惠らが借家権を有していたところ、証拠(鑑定)によれば、本件建物の周辺においては借家権価格が形成されており、その割合は三〇パーセントであると認められるから、これを右一五五六万四五七〇円から控除すると一〇八九万五一九九円となり、本件建物の譲渡価額と一致するから、本件建物は智惠に対して時価相当額を下回らない価額で売り渡されたものということができる。

したがって、本件建物について、低額譲渡があったとして法人税法二二条二項を適用する余地はないというべきである。

五原告の所得金額(争点5)

1 以上を前提として、原告の本件事業年度の所得金額を算定すると、まず、前記第二の一2によれば、原告の修正申告に係る所得金額三〇三五万九二九七円に、誤って損金に計上された役員賞与一二三万八二〇〇円を加算し、機械の減価償却費の未控除分四万二一八一円及び交際費等の損金不算入に関する計算誤りによる三万五二三九円を減算すべきであり、これに、前記三4のとおり本件土地の譲渡益計上漏れ五一九三万〇七〇四円を加算すべきである。

2 次に、前記第二の一2(二)(3)の事実を前提として、修正申告に係る所得金額から減算すべき寄付金の損金不算入額を法人税法施行令七三条一項一号に従って計算すると、同号イの金額は二五万円であり、同号ロの金額は、修正申告に係る所得金額仮計二三九八万七三二六円に寄付金総額三二六万六四七一円を加算し、更に右1の加算及び減算をした金額八〇三四万五二八一円の一〇〇分の2.5に当たる二〇〇万八六三二円であるから、損金算入限度額は右イ及びロの金額の合計額二二五万八六三二円の二分の一に相当する一一二万九三一六円である。したがって、損金に算入されない寄付金の額は寄付金総額三二六万六四七一円から右一一二万九三一六円を差し引いた二一三万七一五五円であり、修正申告において損金不算入額として計上された四一八万四〇五五円と右の正しい損金不算入額二一三万七一五五円との差額二〇四万六九〇〇円を修正申告に係る所得金額から減算すべきである。

3  以上により、原告の本件事業年度の所得金額を計算すると、八一四〇万三八八一円となるから、本件更正等処分のうち、原告の所得金額が右金額を超えるとしてされた部分は違法である。

六源泉所得税の納税告知処分等の適否(争点6)

1  前記三の認定によれば、原告は、その取締役である重秋に対し、本件土地の時価相当額八九一一万円とその譲渡価額三七一七万九二九六円との差額五一九三万〇七〇四円について経済的利益を供与したものであるところ、右経済的利益の供与は、法人たる原告がその役員に対して支給した臨時的な給与というべきであり、したがって、役員賞与に当たるということができる。そして、所得税法二八条一項によれば、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得は給与所得とされ、その支払をする者は、同法一八三条一項により源泉徴収義務を負うものであるから、本件における右経済的利益の供与については、原告に源泉所得税の徴収義務が生じるというべきである。

これに対し、原告は、本件のように法人が時価相当額による譲渡であると確信して売買した場合には、役員の役務の提供の対価としての性質を持たないから、所得税法上の一時所得であって原告に源泉徴収義務はないと主張するけれども、法人税法上の役員賞与に該当するか否かは、法人の主観的意思によって左右されるものではなく、当該経済的利益の供与が役員の職務執行の対価の性質を有するか否かという客観的な基準によって判断すべきものと解される。そして、一般に、法人の役員に対し当該法人から支給される金銭又は経済的利益は、その支給が右役員の立場と全く無関係に、法人からみて純然たる第三者との間の取引ともいうべき態様によりなされるものでない限り、原則としてその職務執行の対価の性質を有するものとみることができるところ、本件においては、原告がその役員に対して原告所有の本件土地を低額で譲渡し、時価相当額との差額分の経済的利益を供与したものであり、役員の立場と無関係に第三者との取引としてなされたものとは到底いえず、取締役たる重秋の職務執行の対価の性質を有するものというべきである。

したがって、原告の右主張は理由がない。

2  右によれば、本件譲渡により原告が重秋に支給した役員賞与の額は、その供与した経済的利益五一九三万〇七〇四円であり、これが課税標準額となるのであるから、本件告知等処分は、課税標準額が五一九三万〇七〇四円を超えるとしてされた部分について違法である。

七調査官の権利濫用の有無(争点7)

1  原告は、本件処分の前に、国税局調査官からその指示するとおりの修正申告をするよう指導され、修正申告をすれば賞与についての納税告知処分はしないとして、無理やり修正申告をさせようとし、これによって、調査官の恣意に基づく課税をしようとしたものであると主張するけれども、原告は、結局、右調査官の指導に納得せず、指導に応じた修正申告をしなかったのであるから、本件処分がされる前の段階で、国税局の係官から修正申告を強く勧められる事実があったとしても、そのことから、本件処分が違法なものとなると解すべき理由はない。

2  また、原告の右主張を、原告が指導に応じなかったために国税局係官が報復的に本件処分をしたものであるから違法であるとの主張であると理解するとしても、本件処分は、既に判示したとおり、その一部は違法な処分として取り消されるべきであるが、その余の部分については、いずれも客観的な課税標準等の存在に基づいて法律の規定に従って適法になされた処分であるから、仮に、本件処分に至る過程において原告主張の事実があったとしても、そのために本件処分自体が違法になると解すべき理由はないから、右主張はいずれにせよ理由がないものというべきである。

八結論

以上によれば、本件更正等処分のうち所得金額が八一四〇万三八八一円を超えるとしてされた部分及び本件告知等処分のうち課税標準額が五一九三万〇七〇四円を超えるとしてされた部分については、いずれも違法であるから取り消すべきであるが、本件処分のうちその余の部分はいずれも適法なものというべきである。

(裁判長裁判官瀬戸正義 裁判官杉原則彦 裁判官後藤博)

別紙一

法人税課税処分経緯表

順号

区分

(昭和)年月日

所得金額 (円)

税額 (円)

本税

過少申告加算税

1

確定申告

五八・四・三〇

二三、〇五二、一一一

六、五三三、九〇〇

――

2

修正申告

六〇・三・一

三〇、三五九、二九七

九、六〇二、八〇〇

――

3

更正

六〇・六・二九

一〇〇、〇五一、八二三

三九、〇三六、一〇〇

一、六二五、〇〇〇

4

審査請求

六〇・八・二

三〇、三五九、二九七

九、六〇二、八〇〇

5

審査裁決

六一・九・二六

八三、二六一、一一九

三一、九八四、三〇〇

一、一一九、〇〇〇

別表二

源泉所得税課税処分経緯表

順号

区分

(昭和)年月日

課税標準額(円)

税額 (円)

本税

不納付加算税

1

納税告知

六〇・六・二九

七〇、八一四、六九五

三四、七六四、六四八

三、四七六、〇〇〇

2

異議申立て

六〇・八・二

3

合意によるみなす審査請求

六〇・八・二九

――

――

――

4

審査裁決

六一・九・二六

五三、八一一、四五一

二九、五四二、一六七

二、九五四、〇〇〇

別紙物件目録(一)

1 半田市住吉町二丁目九一番地

雑種地 八四三平方メートル

2 同所同番一

雑種地 一四七平方メートル

3 同所同番二

雑種地 一二〇平方メートル

4 同所同番三

雑種地 一四平方メートル

5 同所同番五

雑種地 二九平方メートル

6 同所九二番一

雑種地 四九平方メートル

7 同所同番二

雑種地 一三五平方メートル

(以上合計 一三三七平方メートル)

別紙物件目録(二)

半田市岩滑東町五丁目五〇番地九所在

家屋番号五〇番九

鉄筋コンクリート造陸屋根五階建寄宿舎

床面積

一階 165.55平方メートル

二階 144.40平方メートル

三階 144.40平方メートル

四階 144.40平方メートル

五階 35.31平方メートル

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